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神戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)7号 判決

原告 中野光雄 外六名

被告 兵庫県収用委員会

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六〇年一二月一八日付で原告らに対してした別紙不動産目録(一)記載の各土地を収用する旨の裁決を取り消す。

第二事案の概要

神戸市を起業者とする神戸国際港都建設新住宅市街地開発事業横尾地区新住宅市街地開発事業(以下「本件事業」という。)に関し、被告がした土地収用裁決には本件事業の事業地に含まれていない土地を収用するなどの違法があること、さらに本件事業認可についても事業地の特定が欠けるなどの違法があり、右事業認可の違法が収用裁決の違法に承継されることなどを理由として、その収用裁決を受けた原告らが被告のした土地収用裁決の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事業は、新住宅市街地開発法(以下「新住法」という。)五条、都市計画法五九条により、神戸市が兵庫県知事に対して事業認可の申請をし、昭和四六年四月二〇日兵庫県告示第五七四号として認可告示された(乙第一二号証の一)。

2  その後、神戸市は、都市計画法六三条により左記の通り右事業の事業計画変更の認可を受けた。

(一) 昭和五二年三月二五日付事業変更認可(乙第一二号証の二)

(二) 同五三年三月二八日付事業変更認可(乙第一二号証の三)

(三) 同五八年三月二九日付事業変更認可(乙第一二号証の四)

(四) 同六〇年三月二六日付事業変更認可(乙第一二号証の五)

3  神戸市は、昭和五九年一二月六日付で本件事業のための土地収用の裁決申請及び明渡裁決の申立てをし、これに対し、被告は、同六〇年一二月一八日付で別紙不動産目録(一)記載の各土地(以下「本件収用地」という。)を収用する旨の裁決をし(以下「本件収用裁決」という。)、右裁決書正本は、同月二一日、原告らに送達された。

二  争点

1  本件収用裁決の違法性の有無

2  本件事業認可の違法性の有無と違法性の承継

三  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 本件事業認可告示のあった事業地の中に神戸市須磨区多井畑東山上一一番一の土地(以下「東山上一一番一」という。)が含まれていないことによる本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張

〈1〉 本件事業認可において事業地の特定は、本件事業認可申請書記載の「多井畑東山上の一部」という表示と同申請書添付の「横尾地区新住宅市街地開発事業実測平面図」(以下「本件実測平面図」という。)、「地目地積一覧表」(以下「本件地積一覧表」という。)及び「横尾地区新住宅市街地開発事業地籍図」(以下「本件地籍図」という。)によってなされている。

ところが、本件実測平面図は、1から174までのポイントが表示してあるものの、各ポイントの座標値が一切記載されておらず、基準点の表示も一切なく、ポイント1ないし5及び同173、174については外角が記入されているが、ポイント6ないし同172については「地番界」、「字界」、「道路界」と記載があるのみで、各ポイント間の距離も一切記入されていない。このような図面では現地において各ポイントを復元することはできず、したがって事業地の範囲が特定していない。また、本件実測平面図は、図面としても不正確であり、例えばポイント4の図面実測上の外角(約一七八度)と図面表示上の外角(一八〇度)とが明らかに食い違っている。

したがって、事業地を特定する資料は、本件地積一覧表及び本件地籍図ということになり、これらによれば「東山上一一番一」は明らかに事業地に含まれていない。

〈2〉 森林法三四条によると、保安林については同条一項各号で定める場合のほか、都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならないと定めている。神戸市は、本件収用裁決申請時までに保安林に指定されている「東山上一一番一」につき保安林の指定解除の手続を行っていないから、神戸市が右土地を事業地の範囲内と考えていなかった事実が明らかである。

(2) 被告の主張

〈1〉 都市計画法六〇条一項三号によると、事業認可申請書には事業計画を記載すべきものとし、事業計画には「収用又は使用の別を明らかにした事業地(都市計画事業を行う土地)」を定めなければならず(同条二項一号)、さらに申請書には「事業地を表示する図面」を添付しなければならない(同条三項一号)とされ、同条四項で準用する同法一四条二項は、右「事業地」の表示につき「土地に関し権利を有する者が自己の権利に係る土地がこれらの区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない」としている。また、事業認可申請書に記載すべきものとされている同法六〇条二項一号の「事業地」は、「都道府県、郡、市、区、町村、大字及び字をもって表すこととされ(同法施行規則四五条による「様式第一二」)、都市計画法六〇条三項一号の図面は同法施行規則四七条一号に従って作成すべきものとされている。

以上から、事業地すなわち施行者が事業認可により収用権を取得する土地の範囲は、事業認可申請書に記載された「事業地」の表示及び同申請書に添付された「事業地を表示する図面」により確定され、右申請書や図面に「地番」まで記載すべきことを要求されていない。

本件事業認可申請書には、「事業地」及び「収用の部分」として、本件収用地の所在に該当する「兵庫県神戸市須磨区多井畑字東山上…の各一部」と記載されており、添付された「位置図」及び本件実測平面図によると、本件収用地は完全に表示された事業地に包括されることが明白である。原告は、本件実測平面図では事業地の範囲を現地において復元できないと主張する。確かに、本件実測平面図には、X、Y座標値の表示はないが、×印(座標方眼の交点)及び国土地理院が設置した三角点のある横尾山の表示があり、また、道路、家屋等の地形、地物が図示されていることから、本件実測平面図だけで本件事業地を現地に復元することが可能である。

さらに、地目地積一覧表の添付は、元来法律上要求されているものではなく、あくまで参考として提出されたものに過ぎず、これによって事業地の範囲が定まるのではない。事業認可申請時の本件収用地周辺の地形は相当の傾斜のある自然林で、東山上一一番六、一一番七、一一番八、一一番九、一一番一等の境界が明確でないこともあって本件事業地に「東山上一一番一」に該当する土地部分が存在しないと誤解したことから、本件地積一覧表に「東山上一一番一」の記載を脱落したが、事業地の範囲は本件実測平面図によって確定された通りである。

また、地籍図も単なる参考資料であって、提出が義務づけられているものではなく、本件地籍図によれば、事業地の中に「東山上一一番一」の地番が記載されていないが、これも本件地積一覧表に述べたのと同様の理由による。

〈2〉 「東山上一一番一」について保安林の指定解除の手続がなされていないのは、当時、本件事業認可申請書に記載された「事業地」の表示及び申請書に添付された「事業地を表示する図面」によって確定された本件事業地の範囲内に「東山上一一番一」が存すると確知できなかったためであり、原告らが主張するように同土地の部分を事業地の範囲内と考えていなかったためではない。

(二) 本件収用地につき、収用そのものの必要性がないことによる本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張

原告中野光雄(以下「原告光雄」という。)は、神戸市との間で昭和四四年一二月二六日付で覚書を締結し(以下「旧覚書」という。)、当時神戸市が施行していた第二期須磨団地の住宅経営計画事業のために土地を相互に売り渡すことを約した。そして、旧覚書第六条において、覚書締結後、神戸市が採土、宅地造成その他の必要があるときは、原告光雄所有地である神戸市への売却予定地及びその隣接地への立ち入り使用することを原告光雄が異議なく承諾するものとした。さらに、神戸市と原告らは、昭和五五年、覚書を締結し(以下「新覚書」という。)、等価等積交換を原則とする土地交換の合意をするとともに、同覚書第三条において、原告らは、本件収用地全部を含む土地につき神戸市が本件事業のために使用することを承諾した。この新覚書の使用承諾は、旧覚書と異なり、神戸市に対する単なる起工承諾ではなく、使用の目的を本件事業のためと定め、土地の範囲も特定して使用貸借契約を締結したものである。現に、神戸市は、原告らから使用借りした本件収用地を含む土地について、本件事業のための道路・法面等の造成工事を行ってこれを完成させ、本件収用裁決申請時である昭和五九年一二月六日当時も右事業のために一般の利用に供して使用していた。

以上の通り、起業者である神戸市は、本件収用地を本件収用裁決申請時において、その使用目的を定めて使用貸借中であったのであり、所有権までは取得していないとはいえ、使用目的が右のように定められている以上、原告らから使用貸借契約の解除その他契約の終了を主張できるわけがなく、神戸市としては本件事業の遂行・維持に何らの支障はなかった。

したがって、起業者である神戸市は、起業者自らが土地を所有している場合と同様、わざわざ収用までする必要性はなく、これを行った本件収用裁決は違法である。

(2) 被告の主張

仮に、使用貸借契約若しくは起工承諾があって、起業者によって既に事業のために供されている土地であったとしても、所有権までが起業者に移転しているわけではなく、本件事業に所有権取得をする必要がある以上、これを権利取得裁決しても何らの違法はない。本件事業の性質上、使用貸借又は起工承諾のままにしておくことは適当でないことは明らかである。

(三) 本件収用地の一部につき収用の必要性がないことによる本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張

〈1〉 「東山上一一番一」の一部である別紙不動産目録(二)記載の土地(以下「本件係争地」という。)については、神戸市と原告らの間において原告らが神戸市に提供する土地より除外する旨の合意が存在していたことによる同土地収用の必要性の欠如。

イ 新覚書の文面によると、原告らから神戸市へ提供する土地の中に「東山上一一―一のうち山林、公簿一七二m2、実測一七四〇m2(但し後日再測量する)」という記載がある。しかし、これは以下の理由による。

ロ 神戸市側が新覚書締結の際、原告らの提供地の範囲を事業地の範囲を画する境界(以下「新住区域線」という。)までにして欲しい旨を要請してきたが、原告らはこれを拒否し、神戸市もそれほど固執せずにこれを了承したのであり、神戸市に提供する土地の範囲は、旧覚書当時からの約束通り、神戸市の築造する道路境界までということを再確認した。ただ、どうしても書面上だけは新住区域線までにして欲しいと、当時の神戸市の担当者長井宏が懇請するので、書面上だけはそのようにすることを原告らが同意したことによるものである。原告らは、念のため、この趣旨を書面上に盛り込むべく交渉した結果、妥協の産物として新覚書第六条但書の「ただし、甲乙共その覚書の精神は尊重することとする。」という記載(「その覚書」とは「旧覚書」を指す。)を入れることになった。

ハ 昭和五八年ころまでに提供地の範囲の基準となる道路が完成し、そのころ、神戸市は、右道路の位置が計画当時と若干変更になったことを説明した。右変更により、提供地の一部に東山上一一番一の一部が入ることになるが、逆に昭和五二年一〇月二五日付で分筆する以前の一一番六の一部は提供不要地になり、また、右道路の法肩(道路端から西へ登っていく斜面の最上部)すなわち道路境界をもって提供地と残地との境界にすることにしていたが、法肩からさらに西へ四メートルの管理道路を造らざるを得ないので、この管理道路の西端を提供地と非提供地(残地)との境界線にして欲しいとの申し入れがあった。原告らとしては、実際に道路も完成してしまっており、従前の境界線にこだわって既に法面になっている部分を残地として残してもらっても使用できないので、提供地の範囲の変更を承認した。そして、原告らは、道路ができたのであれば図面だけではなく、現認できる杭を提供地と残地との境界線上に打つよう要請し、神戸市に木杭を打ってもらった。さらに、木杭だけでは土地が広いため不分明なので管理道路を早く設置するよう要請したところ、神戸市は、とりあえず原告らの提供地と非提供地(残地)との境界線上に溝を掘ったという連絡をしてきた。この溝こそが道路完成後の原告らの提供地と非提供地(残地)との境界を示すものである。本件収用裁決は、この溝を超えて土地を収用しており、この溝を超える本件係争地については収用しない旨の合意が原告らと神戸市との間でなされていた。事業が認可された時点では道路は設置されておらず、厳密にその区域の必要性が検討されたわけではない。道路が設置された時点において、本件係争地については収用の必要性がなかったからこそ、右部分につき神戸市が原告らとの間において原告らが神戸市に提供する土地より除外する旨の合意をしていたのである。

ニ したがって、収用の必要性のない土地を収用した本件収用裁決は違法である。

〈2〉 本件係争地を緑地とする必要性を欠くことによる本件収用裁決の違法

被告は、本件係争地について周辺緑地として必要である旨主張する。

しかし、昭和四六年度の本件事業認可申請書によれば、事業地の総面積一四二ヘクタールのうち、緑地としては約四八ヘクタールを計画しているが、その後、昭和五三年度の事業認可の変更では、緑地の面積は、六三ヘクタールに増加している。そして、防災緑地(二・九八ヘクタール)が新しく設定され、緑地には防災緑地と周辺緑地の二種類が含まれることになった。そして、昭和五九年度の事業認可の変更では、緑地面積が五八・七ヘクタールに減少している。以上のように、緑地の面積は変遷しており、これだけは絶対に必要であるという基準はない。また、緑地には防災緑地と周辺緑地があり、本件収用地は周辺緑地に該当する。

周辺緑地は、防災緑地に比較し、その必要性は低いと言わざるを得ないだけでなく、周辺緑地とは、「区域周辺の傾斜地を緑地として整備保存」するに過ぎず、本件係争地は、傾斜地の上層部分であり、厳密な意味では右定義よりも外れた部分である。

したがって、本件係争地を強制収用してまで緑地とする必要はなく、必要性のない土地を収用した本件収用裁決は違法である。

(2) 被告の主張

〈1〉 原告らと神戸市との間で締結した新覚書によれば、本件係争地は原告らが神戸市に提供することを約した土地の中に含まれており、右覚書が存在するにもかかわらず、原告らが本件係争地を神戸市に提供しないことから、神戸市は、やむなく本件収用裁決を行ったものであり、本件係争地を原告らが神戸市に提供する土地から除外する旨の合意はない。

〈2〉 神戸市は、本件事業に関する都市計画決定を昭和四六年四月九日に公示し、次いで同月二〇日兵庫県知事の事業認可を受け、その告示等所定の手続を経て同事業を施行しているものである。なお、右事業認可申請に際して示された事業計画はその後所定の手続を経て一部変更された。右都市計画決定に基づく事業が認可された都市計画事業において、終始一貫して本件係争地は事業地内に含まれて公共施設である「緑地」に供すべき部分とされてきた。

本件事業における事業認可の各変更において、緑地面積に変遷はあるものの、全体としては当初より大きく増加しており、このことは緑地確保の必要性が大であることを表している。右各事業認可における緑地面積は事業が進歩する現況において良好な居住環境を保つ上から必要と認められて認可されてきたものであるところ、本件係争地部分は、その一部分であり、かつ、当初の事業認可以来一貫して周辺緑地として計画されていて変更はないのであるから、これが事業に必要な土地であることは明らかである。

新住法は、健全な市街地開発及び居住環境の良好な住宅地の大規模な供給を図ることを目的としており、居住環境の良好な住宅地であるためには周辺緑地の必要性が高いことは明らかである。周辺緑地と防災緑地とはその目的において異なり、必要性の程度を比較すること自体無意味であって両者それぞれの目的のために必要である。

本件係争地は、元は山林で東側へ下り勾配で傾斜していた部分の一部であったところ、本件事業により本件収用に先立ち土地所有者の承諾を得て、整備保存のため一部施行された結果平坦部分となったものであって、これが区域周辺の傾斜地であったものを緑地として整備保存するためのものであることはいうまでもない。

新住宅市街地開発法施行規則一一条五号からしても、公園、緑地及び広場は、休息、鑑賞、散歩、遊戯、運動等の利用目的が十分に確保されるようなものでなければならないとされており、本件事業施行者の施行計画による本件係争地についての緑地利用計画は右規則の定めに適うものである。

(四) 本件収用裁決申請書添付の起業地を表示する図面の誤りによる本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張

土地収用法四〇条一項一号により、収用土地を表示したうえ収用裁決申請書に添付することが要求されている起業地を表示する図面は、これによって収用の範囲を画するものであって極めて重要なものであるところ、本件収用裁決申請書に添付された起業地及び事業計画を表示する図面(以下「本件収用裁決申請書添付図面」という。)と本件実測平面図における起業地の記載は異なっている。本件収用裁決申請書添付図面において起業地の表示が事実と異なっている以上、本件収用裁決申請は、土地収用法四〇条一項一号の要件を満たしておらず却下されるべきである。

したがって、これを看過した本件収用裁決も取消しを免れない。

(2) 被告の主張

本件収用裁決申請書添付図面と本件実測平面図に示された事業地の区域に本件係争地辺りでやや食い違いがあったとしても、本件事業地は、後者の図面に示された区域であることには変わりがなく、本件収用裁決申請書添付図面に事業地の区域として示されたところに正確を欠く点があったとしても、直ちに裁決申請や裁決を違法とするものではない。

また、本件収用裁決で収用した土地はすべて本件事業地内に属するものであって、事業地外の土地を収用したのではない。本件収用地の西側境界線は、新住区域線よりやや東に控えたところに位置している。

なお、本件収用裁決申請書添付図面に一部正確を欠く点があった原因は、起業者神戸市において同図面作成に当たり、昭和五七年度の事業認可申請書に添付された「設計の概要を表示する図書」に従ったことによるものと推測されるが、同図書によって事業地の区域が指定されるわけではなく、事業地の区域は右に述べたように「事業地を表示する図面」によって特定されるものであるから、「設計の概要を表示する図書」や裁決申請書に添付された前記図面にわずかに不正確な部分があったからといって事業地の区域が変わるものではなく、事業認可や裁決を違法とする理由とはならない。

(五) 土地調書の違法による本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張

本件収用裁決申請書に添付された土地調書には収用しようとする土地として、「神戸市須磨区多井畑東山上一一番一 山林三四四七・五四m2」が記載されているが、右(一)(1)で述べた通り、「東山上一一番一」は本件事業の起業地に含まれていない。

仮に、本件実測平面図記載の新住区域線を現地に落とした線が本件土地調書添付丈量図のようになるとしても、土地所有者に自己の土地が起業地に属するか否かを判断させるために地番の表示が義務づけられているのであるから、地番の表示と図面に表示された線に齟齬があるときは被収用者の有利に解釈すべきである。

したがって、いずれにしても本件土地調書は、起業地でない土地を起業地と表示したものとして違法であり、右土地調書に基づき本件収用地を特定した本件収用裁決は違法なものであり、取り消されるべきである。

(2) 被告の主張

「東山上一一番一」が起業地に含まれていることは、右(一)で述べた通りであるから、原告らの主張はその前提を欠いている。

(六) 原告らの替地による補償要求に対して替地補償の裁決をしなかったことにつき被告に裁量権の逸脱があったことによる本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張について

〈1〉 新覚書締結に至る経緯

高倉台開発計画の用地買収に際し、神戸市は、対象地地主の要求により、用地の取得を造成完了後の宅地と交換してきているが、原告光雄に対しては横尾地区開発事業の際には代替地を渡すので高倉台については金銭買収に応じて欲しい旨懇請したため、原告光雄は、これを了解し、前記計画内の土地を金銭で売却した。その後、原告光雄は、神戸市との間で、横尾地区開発事業について提供する土地についてはすべて代替地を取得することで合意し、旧覚書を締結した。

ところが、神戸市は、原告光雄との間で旧覚書による代替地として譲渡することを約束していた青山バス停付近の宅地のうち、原告光雄が予め希望し指定していた個所を別の地主に譲渡してしまったため、原告光雄との間にトラブルが生じ、また、新住事業としては事業地区域内では代替地を渡さないとの神戸市からの説明もあって、原告光雄との間で代替地については、事業地外でその周辺土地を未造成のまま等価等積交換により譲渡することを合意した。これが新覚書の締結である。

原告らは、右新覚書の締結を前提として事業用地を提供し、神戸市は、事業用地を使用し、既に事業を完成させている。そして、神戸市が原告らに対して原告らの指定した土地を提供することは、神戸市の事業又は業務の執行に何ら支障を及ぼさないし難しいことでもない。

〈2〉 土地収用法八二条二項は、土地所有者の替地の要求が相当であり、かつ、替地の譲渡が起業者の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないと認めるときは、替地による損失の補償の裁決をすることができる旨を規定する。この規定は、右の要件に該当するときは必ずこの裁決をしなければならないとの趣旨であって、収用委員会に自由な裁量権があるわけではない。すなわち、右条項は、単に「収用委員会が相当と認めるとき」と限定せず、裁決についての要件を列挙しており、このことからみれば、この規定は、ある程度の裁量判断を収用委員会に許容しているとしても、その裁量に当然の限界があり、客観的に法の要求する替地補償の要件が備わったときは収用委員会は替地補償の裁決をする義務がある。

また、替地補償要求の相当性の判断が羈束裁量でなく自由裁量であるとしても、以下の事実からすれば、被告は、裁量権の限界を逸脱し、裁量権を濫用している。新住宅市街地開発事業においては、収用権を発動して一方の個人から取得した土地は、開発後、別の個人に分譲される。その収用権の発動の根拠となる「公共性」は、通常の収用の場合と著しく異なりその内容が大きく変容し、いわば「公共的私用収用」というべき性格を有する。

新住法は、「人口の集中の著しい市街地の周辺の地域における住宅市街地の開発に関し」、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図ることを目的としている(同法第一条)。しかし、新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」という前提は、時の流れのなかで社会情勢の変化や都市政策の推進とともに急激に変容しつつあるのであり、「公共性」の中身について十分検討されるべきである。

神戸市は、本件事業を含む開発事業により多額の利益を得ており、到底、公共事業とりわけ収用権を発動して私人から強制的に土地を収用することが是認されるものではない。

また、本件収用裁決申請時において、土地所有者の同意の下に、起業者である神戸市は、収用対象土地を使用して造成し、すべての工事を完了させており、また、事業時において起業者である神戸市と土地所有者である原告らとの間には、土地は互いに交換すること、交換比率は等価等積交換とすることとする合意が存在する。替地補償要求の相当性を判断するに際しては、当事者間の従前の交渉経緯、合意内容等が当然斟酌されなければならない。もしそうでなければ、当事者間の合意内容や交渉過程の中での期待権が起業者の一方的な意思により全く無意味になってしまう。しかも、本件で右の交換に関する交渉が行き詰まったのは、神戸市が新覚書で等価等積交換を約束しながら、工事完了後の時点において、渋人谷・地獄谷の土地の交換比率を一対三と主張するなど右合意内容に背いた点にある。

〈3〉 以上の点からすれば、原告らの替地補償の要求は相当性があり、しかも神戸市の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないのであるから、被告は、原告主張の替地補償の裁決をする義務があり、また、仮に替地補償要求の相当性の判断につき被告に裁量権が認められるとしても、被告は、その裁量権の限界を逸脱し、裁量権を濫用している。

(2) 被告の主張

〈1〉 土地収用法一三二条二項、一三三条は、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する不服についてはすべてこれを裁決に対する抗告訴訟とは別個の訴訟手続によらしめるものとしており、かかる規定からして損失の補償に関する事由をもって裁決の取消原因とすることはできない。

替地による補償も土地収用法上は損失補償の一形態であり、同法一三二条二項、一三三条に規定する「損失の補償」は、これを金銭補償に限定したり、替地による補償を除外していないから、同法各条における「損失の補償」には替地による補償を含むというべきである。

したがって、原告らの主張は、同法各条の「損失の補償」に関する事由をもって裁決取消原因たる瑕疵とするものであるから、主張自体失当である。

〈2〉 土地所有者から替地をもって損失補償すべきことの要求があった場合でも、収用委員会は、その要求が相当であると認められない限り、替地補償の裁決はなし得ない。替地補償の要求が相当であるというのは、替地による補償がなされなければ土地所有者の今後の生活再建に重大な支障をきたすような場合、金銭補償によっては被収用者の受ける損失を補填し難いような場合を指すものと解すべきである。しかるところ、以下の事実その他に照らして、原告らにはそのような場合にあたる事実は認められない。

イ 原告らは、昭和五八年二月二八日、神戸市との交換契約により本件事業区域内に所有していた山林六三六一・四二平方メートルを神戸市に譲渡する一方で、同一面積の土地を神戸市から取得している。ところで、本件収用地の面積は合計四四〇二・八〇平方メートルであり、これと右の交換済みの土地の面積を合計すると一万〇七六四・二平方メートルとなる。これが原告らが本件事業地内に元所有していた土地ということになり、そのうち約五九パーセントを占める土地について交換契約により替地として取得していることになる。

ロ 本件収用地及び右記載の交換契約により神戸市に譲渡された土地は、元は神戸市須磨区多井畑字東山上一一番の一部であり、また、昭和七年一一月一八日当時、原告光雄が右一筆の土地全部を所有していたものをその後分筆したり、登記名義が変更されたりしたものである。

右土地は元は一体的な土地であり、その現況は起伏や相当の傾斜のある自然林であって田畑のようにそこから継続的に収益を上げうるような生産的な土地ではなかった。したがって、本件収用地は元々原告らにとって生活の基礎的役割を果たしている土地ではなく、これを失うことによって生活再建に支障を生ずるとは到底言えず、金銭補償によって損失を補填しうることは明らかである。

原告らが神戸市から交換によって取得した土地の中には宅地も含まれ、地目が宅地以外のものでも現況宅地のものも多く、また、本件収用地に隣接する原告らが従前から所有している山林についても事実上神戸市によって整地され、平坦に宅地化されている部分も多く、山林であった従前に比べて用途が多くなっており、生活の基礎として利用し易くなっている。

(七) 本件収用裁決の申請につき申請権の濫用があったことによる本件収用裁決の違法

(1) 原告らの主張

本件事業の遂行過程において神戸市に以下の通り種々の違法行為があり、自ら違法行為をした者が収用裁決の申請をすることは収用裁決申請権の濫用である。

〈1〉 新住法は、「人口の集中の著しい市街地の周辺の地域における住宅市街地の開発に関し」(同法一条)、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図ることを目的としている。

しかし、本件事業が行われた神戸市では昭和四六年においても既に市街地に人口は集中しておらず、逆に過疎化していくインナーシティ問題が発生してきた状態にあり、新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」という要件には当てはまらない。

〈2〉 新住法二四条は、造成宅地等の処分価格を時価ではなく原価を基準とするいわゆる原価主義を定めている。また、同法三一条は、「施行者から建築物を建築すべき宅地を譲り受けた者…は、その譲受けの日の翌日から起算して二年以内に、処分計画で定める規模及び用途の建築物を建築しなければならない」として、二年以内の建築義務を課している。これらはいずれも新住事業の公共性を確保させるためのものであり、これらが厳格に貫かれることが新住事業の公共性を担保し、新住事業に収用権を付与する根拠となる。それにもかかわらず、神戸市長は、昭和五〇年度第三回定例市会第二日において、右に述べた原価主義に疑問を持っていることや、建築制限については事実上の運用としてこの条項を緩和することを容認している旨の発言をしている。神戸市長の右発言は、収用権まで付与された新住事業の公共性の趣旨を忘れ損なうものであり、この限りで本件事業は違法というべきである。

〈3〉 森林法三四条によれば、「保安林においては、政令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならない」と規定されている。しかるに、神戸市は、本件事業の中で、本件収用地のうち「東山上一一番一」について、保安林の指定の解除手続をしないまま立木の伐採のみならず山の斜面を削る工事を行ったが、これは森林法に違反する。

〈4〉 本件係争地について、神戸市は、収用委員会の審理において「良好な住環境を維持するために必要な周辺緑地部分である」と主張している。

しかし、本件係争地の一部は造成済の宅地であり、しかもここは神戸市において残土置場として使用されており、計画通りには事業が行われていない違法が存する。

(2) 被告の主張

〈1〉 「人口の集中の著しい市街地」について

神戸市においては、昭和四五年当時、六甲山以南の旧市街地(面積割合にして神戸市域の約二割)に人口の約八割が集中するといった状況にあり、まさに新住法にいう「人口の集中の著しい市街地」の要件に該当している。

〈2〉 原価主義と建築制限について

営利を目的とする業務の用に供される場合以外は「原価主義」により処理されている。新住法三一条は、三年以内(改正前は二年以内)の建築期限を設定し、同法三三条二項により、これに反する場合は買戻権を行使できる旨規定している。神戸市は、処分契約については新住法の規定に従い、三年以内(改正前は二年以内)の建築・入居義務及び一〇年間の買戻権を契約書に特記し、一〇年間の買戻特約の付記登記もしており何ら違法の事実はない。

〈3〉 計画通りに事業が行われていない違法について

残土置場としての使用は一時的なものに過ぎず、残土置場として使用されたものは緑地として原状復旧されている。

2  争点2について

(一) 違法性の承継について

(1) 被告の主張

〈1〉 本件収用裁決の取消原因として本件事業認可の違法を主張するいわゆる違法性の承継を肯定するためには、国民の権利、利益の救済の観点からみて、特段の不合理な事情を招来すると認められる例外的な事情が存する場合でなければならない。そこで、問題は、事業認可と収用裁決との間に違法性の承継を認めないことが国民の権利利益の救済の観点からみて特段の不合理な事情を招来すると認められるか否か、すなわち、都市計画法上、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者が事業認可について如何に迅速かつ確実に知りうることになっているかに尽きる。

〈2〉 これを現行都市計画法についてみると、以下の通りである。

建設大臣又は都道府県知事は、事業認可をしたときは、建設大臣にあっては官報で、都道府県知事にあってはその定める方法で、遅滞なく施行者の名称、都市計画事業の種類、事業施行期間及び事業地を告示し、かつ、建設大臣にあっては関係都道府県知事及び関係市町村長に、都道府県知事にあっては建設大臣及び関係市町村長に事業地を表示する図面及び設計の概要を表示する図書の写しを送付しなければならないこととされており(都市計画法六二条一項、同法施行規則四八条)、右図書の送付を受けた市町村長は、直ちに右告示に係る事業施行期間の終了の日又は施行者が事業地内のすべての土地について必要な権利を取得したときまで、右図書を当該市町村の事務所において公衆の縦覧に供するとともに、縦覧場所を公告しなければならないとしている(都市計画法六二条二項、同法施行規則四九条)。そして、事業認可の告示があったときは、施行者は、速やかに都市計画事業の種類及び名称、施行者の名称、事務所の所在地並びに事業地の所在を公告するとともに、事業地内の土地建物等の有償譲渡について都市計画法六七条の規定による制限があることを関係者に周知させるため必要な措置を講じ、かつ、自己が施行する都市計画事業の概要について、事業地及びその付近地の住民に説明し、これらの者から意見を聴取するための会合を開催する等の措置を講ずることとされている(都市計画法六六条、同法施行令四二条、同法施行規則五二条ないし五四条)。

以上の通り、法律上公告、告示等の諸制度が設けられているのであるから、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者は、事業認可について迅速かつ確実に知りうる機会を与えられており、右事業認可に違法がある場合には取消訴訟を提起することが容易なのである。

〈3〉 したがって、事業認可に違法があった場合の救済手段は十分に与えられており、収用裁決の取消訴訟において事業認可の違法性を争わせなければならない必要性はない。

(2) 原告らの主張

〈1〉 土地収用法における事業認定と収用裁決とのように、先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、次の理由から原則として先行行為の違法性は後行行為に承継されると解すべきである。

先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、法が実現しようとしている目的ないし法的効果は最終の行政行為に留保されているから、このような場合にあっては、立法政策上は先行行為を独立して争訟の対象にならない行政内部の手続的行為とし、先行行為の違法は最終の行政行為の取消訴訟においてのみ主張できるとすることも可能であるが、そのような立法政策を採らず、先行行為を独立の行政行為として扱い、それに対する争訟の機会を設けている場合であっても、先行行為の違法性は後行行為の違法性に承継され、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を主張できると解するのが相当である。なぜなら、この場合、法が先行行為を独立の行政行為とし、それに対する争訟の機会を設けた趣旨は、国民の権利利益に大きな影響を及ぼすような行政行為につき、その手続がより慎重に遂行されることによって、行政手続及び内容の適正さを一層強く担保しようとしたものと解することができる。したがって、先行行為が独立の行政行為であり、それに対する争訟の機会が設けられていることを理由に違法性の承継を否定することは、右のような法の趣旨に反するものと解されるからである。

〈2〉 土地収用法は、先行行為である事業認可の内容について周知措置を設け、これ自体を争う機会を設けているが、その趣旨は右に述べたように行政手続のより慎重な遂行を図ることによりその適正さを担保することにあるのであって、違法性の承継の排除を意図したものではなく、また、実際上も被収用者の立場からみれば事業認可の段階では収用される区域も補償内容も明確ではないから、争訟提起の必要性をさほど切実に感じなかったとしても無理からぬ点があり、被収用者がこの段階で争訟提起をしなかったからといって、そのことをもって事業認可の違法に対する救済手段を失わしめるのは、被収用者に対し酷な結果となる。

(二) 本件事業認可において事業地の特定が欠けることによる事業認可の違法

(1) 原告らの主張

事業地の範囲が事業認可申請書に記載された「事業地の表示」及び同申請書に添付された「事業地を表示する図面」のみにより確定し、地目地積一覧表と地籍図とが事業地特定の資料ではないというのであれば、右1(一)(1)〈1〉で述べたように事業地を表示する図面である本件実測平面図では現地でその範囲を復元できないから、本件事業認可自体が無効若しくは違法ということになり、この認可を前提とする本件収用裁決も違法である。

(2) 被告の主張

右1(一)(2)〈1〉で述べた通り、本件実測平面図のみで本件事業地を現地に復元することが可能であり、事業地の特定に欠けるところはないから、本件事業認可は適法である。

(三) 本件事業認可において事業地の特定が不正確なことによる事業認可の違法

(1) 原告らの主張

事業地の範囲が事業認可申請書に記載された「事業地の表示」及び申請書に添付された「事業地を表示する図面」のみにより確定されるとし、「東山上一一番一」の土地の一部が本件実測平面図に示された事業地の範囲に含まれるとすれば、本件事業認可申請に添付された本件地目地積一覧表及び本件地籍図が「東山上一一番一」を事業地に含めていない点と矛盾する。事業地の特定は都市計画事業施行の基本であり、一方で土地に権利を有する者が事業地の範囲をできる限り容易に捕捉できるようになされなければならない。しかるに、本件事業認可申請書によれば、事業地の範囲につき、前述した通り矛盾する図面と地番の一覧表とが併存しており、これを看過して事業を認可したことは事業認可自体が違法であるから、これを前提とする本件収用裁決も違法である。

(2) 被告の主張

「東山上一一番一」が本件地目地積一覧表及び本件地籍図に表示されていないのは、単に、当時、本件事業認可申請書に記載された「事業地の表示」及び申請書に添付された本件実測平面図によって確定された事業地の範囲内に同土地の一部が存することを確知できなかったからに過ぎず、原告ら主張のような矛盾も事業認可の違法もない。

(四) 本件事業認可について新住法三条三号違反

(1) 原告らの主張

本件事業は、一住区を予定し、面積は約一四二ヘクタール、計画人口を約一万二〇〇〇人とするものであり、これによると一ヘクタール当たりの計画人口は約八四・五人となる。しかし、新住法三条は、事業予定区域の条件を制限的に規定し、同条三号によれば、一住区は「一ヘクタール当たり百人から三百人を基準として約一万人が居住することができる区域」となっている。それ故、本件事業は、右基準に違反し計画人口に比して面積が広すぎる。

よって、本件事業認可は、新住法三条三号に違反し違法であり、これを前提とする本件収用裁決も違法である。

(2) 被告の主張

新住法三条は、事業地の規模を定めた規定であり、良好な住宅市街地を形成するためには相当大規模であることを要し、一ヘクタール当たり百人から三百人を基準として約一万人が居住できるいわゆる住区を一以上形成できる規模であることを要件としたものである。地形、地盤の性質等によって、良好な居住環境を確保するため一ヘクタール当たり百人から三百人とするこの基準を下回ることがあっても法の趣旨を勘案すれば許容されるべきものであり、原告らの主張は失当である。

第三争点に対する裁判所の判断

一  争点1(一)について

1  甲第七号証の一、第二二号証の一ないし三、第二八号証の二、第四七号証、第六〇号証、乙第一五号証ないし第一八号証、第二二号証の一、二、第二七号証、証人菅村謙一、同安藤嘉茂、同広田美清、同長井宏の各証言によれば、以下の事実が認められる。

本件事業認可申請書には、本件地目地積一覧表、本件地籍図、位置図、本件実測平面図、計画図が添付されていたこと、右事業認可申請書には収用する部分として「多井畑字東山上…の各一部」と記載されていたこと、本件地目地積一覧表及び本件地籍図には「東山上一一番一」は記載されていなかったこと、右に添付されていた位置図は縮尺三万分の一であり、本件実測平面図の縮尺は二〇〇〇分の一であること、地目地積一覧表と地籍図は、正式な図書ではなく参考図書として添付されており、これらは公衆の縦覧に供していないこと、本件実測平面図は、神戸市が航空写真測量業者に依頼して空中写真測量により作成された縮尺一〇〇〇分の一の実測現況図を縮尺二〇〇〇分の一に縮小し、それを神戸市が新住宅市街地開発事業の事業区域が表現できるよう編纂したものであること、右縮尺一〇〇〇分の一の実測現況図は、専門の測量会社である東日本航空株式会社が担当して作成したもので、測量機関、撮影年月日、測図年月日、座標方眼の交点、座標方眼の座標値、方位、縮尺、三角点、水準点、多角点、標高点が表示されていること、本件実測平面図から三角点の表示は明らかには読み取れないが、一〇〇メートル間隔の座標方眼は記入されており、国土地理院に赴いて横尾山にある三角点の座標値を調べることによって本件実測平面図上の3、4、5のポイントは現地に復元することができること、さらに本件実測平面図に示されたポイント3、4、5は建物の角や石積みの角等の地形・地物等を基準にして測設することが可能であること、山本設計工務株式会社の社員である菅村謙一は、各ポイントの座標値を本件実測平面図で読み取り、読み取った座標値をもとに横尾山にある国家三角点又は基準点を基準に多角測量により右ポイントを現地に測設する方法で本件収用地及び新住区域線を現地に測設することができたこと、この方法によればプラスマイナス五〇センチメートル位の誤差で新住区域線の位置を再現することができること、右により現地に測設したポイントを神戸市から提供された縮尺二〇〇〇分の一の現況図上に書き入れ、さらに本件収用地を測量した成果が記載された測量図をもとに本件収用地を書き入れた新住線測設測量図(以下「本件測量図」という。)を作成したこと、本件測量図によれば本件収用地は新住区域線よりも一〇・八三メートルから一五・四七メートルほど事業地の内側に位置していること、松井啓之輔作成の鑑定書(甲第六〇号証。以下「本件私的鑑定」という。)の鑑定対象となっている図面は、昭和四六年四月一日付事業認可申請書添付のもので年月の経過により色褪せ、不鮮明になっていること、「東山上一一番一」は、昭和三〇年三月九日付農林省告示第二〇二号による保安施設地区の指定の有効期間(一年間)満了に伴い保安林に指定されていたこと、本件事業の施行に際し保安林に指定されていた神戸市須磨区多井畑東山上一一番六ないし九の土地については昭和四六年一〇月一六日付農林省告示第一七五四号により保安林指定の解除がなされたが、「東山上一一番一」については保安林指定の解除はなされなかったこと、神戸市は、本件事業の施行に伴い、「東山上一一番一」についても立木の伐採、斜面の造成等を行ったことが認められる。

2  本件私的鑑定は、本件実測平面図に記載されたポイントを現地に測設することは被告の主張する〈1〉座標方眼による方法や〈2〉道路・建物による方法及び〈1〉〈2〉を組み合わせた方法のいずれによっても不可能であり、その理由としては基本的に本件実測平面図が三角点や基準点のみならず、測量方法・測量機関・測量者・測量年月日等の記載がない信頼性の乏しい図面であることを挙げている。

しかし、右1で認定したように、本件実測平面図によっても座標方眼から横尾山の三角点の座標値を調べ、右三角点の座標値から本件実測平面図上のポイントの座標値を得て現地に復元することは可能であると認められる。さらに本件実測平面図は、専門の測量会社が空中写真測量により作成し、測量機関、撮影年月日、測図年月日、座標方眼の交点、座標方眼の座標値、方位、縮尺、三角点、水準点、多角点、標高点が表示されている実測現況図をもとに神戸市が新住宅市街地開発事業の事業区域が表現できるように図面の名称、縮尺、事業境界、区、町村、大字及び字等を手書きで書き込んだものであり、本件実測平面図によってプラスマイナス五〇センチメートルの誤差で新住区域線を現地に復元できるというのであるから、本件実測平面図が公的地形図として不完全であり、信頼性の乏しい図面であるとは認められない。そして、本件実測平面図から現地にポイントを測設しうるか否かは本件事業認可時における右図面の状態を前提にすべきところ、本件私的鑑定が対象としている実測平面図は、昭和四六年四月一日付の事業認可申請当時のもので不鮮明で色褪せており、右実測平面図は鑑定書の中で「古く不鮮明なもの」と記載されている。

以上の事実から、本件私的鑑定の結果を直ちに採用することはできない。

3(一)  原告らは、本件事業認可申請書に添付された本件地積一覧表及び本件地籍図に「東山上一一番一」は含まれていないから、右土地が本件事業地に含まれていないと主張する。

都市計画法施行規則四七条一号イ、ロによれば、都市計画法六〇条において要求されている事業地を表示する図面は、事業地の位置を表す縮尺五万分の一以上の地形図と事業地の範囲を着色した縮尺二五〇〇分の一以上の実測平面図により作成するものとされており、本件事業認可申請においては縮尺三万分の一の地形図である位置図と縮尺二〇〇〇分の一の本件実測平面図が添付されている。一方、地積一覧表及び地籍図は、正式な図書ではなく、あくまでも参考図書として添付されるに過ぎず、そのために公衆の縦覧にも供されていないのである。

したがって、本件事業地は、本件実測平面図によって具体的に特定されており、本件地積一覧表及び本件地籍図に「東山上一一番一」が含まれていないことにより事業地の範囲に変動をもたらすものではなく、右土地が本件地積一覧表及び本件地籍図に含まれていないのは、起業者たる神戸市において本件実測平面図によって特定された事業地に「東山上一一番一」が含まれていることを確知することができなかったことによるものとみることができ、これをもって本件事業地に右土地が含まれていないということはできない。

(二)  また、原告らは、「東山上一一番一」につき保安林指定の解除がなされていないことをもって、右土地が本件事業地に含まれていないと主張する。

右に認定したように、神戸市は、本件事業認可申請時において本件実測平面図によって特定されていた事業地に「東山上一一番一」が含まれていることを確知しておらず、それ故にこそ同土地につき保安林指定の解除手続をとらないまま本件事業の遂行に伴う工事に着工してしまったものとみることができる。

したがって、神戸市が「東山上一一番一」につき保安林指定の解除手続を採っていないことをもって、同土地が本件事業地に含まれていないということはできない。

4  右1で認定したように、本件事業地は、適法に作成された本件実測平面図によって特定されており、右図面をもとに新住区域線と本件収用地を測量した本件測量図によれば、本件収用地は、新住区域線よりも一〇・八三メートルから一五・四七メートルほど事業地の内側に位置していると認められる。

よって、本件収用地の一部である「東山上一一番一」は、本件事業地内に含まれているものと認められ、同土地が本件事業地に含まれていないという本件収用裁決の違法は認められない。

二  争点1(二)について

1  甲第二号証、第三号証、証人長井宏の証言、原告中野照海本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告光雄と神戸市は、昭和四四年一二月二六日付で原告光雄所有に係る神戸市須磨区多井畑字東山上一三番一(昭和四五年二月一九日付で「東山上一一番一」に合筆)、図上求積約三〇〇〇坪の部分の土地と神戸市所有の土地とを交換することを主たる内容とする旧覚書を締結したこと、旧覚書第六条には旧覚書締結後、神戸市が採土、宅地造成その他の必要により右原告光雄所有地及び右土地に隣接する原告光雄所有地に立ち入りすることを原告光雄が異議なく承諾する旨が記載されていたこと、旧覚書が前提としていた事業は第二期須磨団地の住宅経営計画事業であったところ、右事業が新住事業である本件事業に変更にされたこと及び旧覚書により原告光雄が提供するものとされていた土地の面積が約三〇〇〇坪という概略であったこと、さらには旧覚書において神戸市が原告光雄に提供するものとされていた青山バス停付近の土地につき神戸市と原告光雄との間に紛争があったことから昭和五五年に新覚書を締結したこと、新覚書において原告らが神戸市所有の土地と交換するために神戸市に提供するものとされていた土地には本件収用地が含まれており、新覚書第三条によれば、新覚書締結後、原告ら提供地を神戸市が新住事業のため使用することを原告らは承諾するものとされていたこと、神戸市は、右原告ら提供地を使用して本件事業を遂行するにつき必要な工事を新覚書締結後に行ってきたことが認められる。

2  右に認定した事実からすれば、神戸市が原告らの承諾を得て、本件収用地を事実上使用することができ、現に本件収用地を使用して本件事業の遂行に必要な工事等を行ってきたことが認められる。

しかし、新覚書締結の経緯及び新覚書第三条の使用許諾の文言からは、法律上、使用貸借契約があったものとまではみることができない。また、仮に使用貸借契約があったとしても同契約は目的物の返還を予定しているが、本件収用地の一部は都市計画道路多井畑線(以下「収用地上道路」という。)として使用され、また、他の一部は周辺緑地等として使用するものとされていることから、これらの土地につき原告らからの返還請求を認めることはできない。

以上により、仮に使用貸借契約や起工承諾があったとしても、本件収用地につき神戸市が所有権を取得する必要があることは明らかである。

3  したがって、神戸市には本件収用地につき収用する必要が認められ、本件収用地を神戸市が使用することが可能であることから収用の必要性がないとする原告らの主張は採用することができない。

三  争点1(三)について

1  甲第一号証、第三号証、第九号証、第二二号証の一、第二五号証ないし第二八号証の各一、第五九号証、乙第一八号証、第二五号証、証人安藤嘉茂、同長井宏の各証言、原告中野照海本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

本件収用地は、神戸市から提供の申し入れがあった当時は、ほとんど山の状態で、山の形状としては東のほうに向かって高くなっていたこと、原告らと神戸市は昭和五五年に新覚書を締結し、その際、原告らの申し出により第六条但書として「ただし、甲乙共その覚書の精神は尊重することとする。」との条項が加えられたこと、右覚書によれば、神戸市が原告らに提供する土地の東側の線と原告らが神戸市に提供する土地の西側の線は、当時神戸市が使用していた土地利用計画図に基づく新住区域線によるものとされていたこと、新覚書の締結に際し、神戸市は、原告らが神戸市に提供する土地の西側の線の状況は、緑地の管理用道路を設置してその西側の側溝が境界となるという説明を原告らにしていたこと、原告らは、神戸市に対して提供地と残地との境を開発区域内に新しく造る道路の法肩にして欲しいとの申し入れをしたが、神戸市は、これを受け入れなかったこと、本件収用地の造成中、乙第二五号証(本件測量図にピンクの線を書き込んだ図面)に示されたピンクの線のところに造成工事の途中、大雨が降った際に下のほうに一挙に大量の水が流れるのを防止するために素堀りの溝が設けられていたこと、昭和五七年四月ころ、本件収用地上道路、右道路の西側の法面、緑地の管理用道路及びその西側の側溝が完成し、本件収用地の状況は現形平面図(甲第五九号証)記載の通りであったこと、完成した道路は以前の現況とは逆に西側の土地より低いところに設けられており、西側の土地との境の法面は西の方に向って高くなっている状態であったこと、完成した右管理用道路の西側の側溝が本件測量図に書き込まれた本件収用地の西側の直線に該当すること、右側溝の完成後、原告光雄が現地に立ち会ったが特に苦情を述べていないこと、本件収用裁決についての審理の中で神戸市は本件係争地について周辺緑地として必要である旨述べていること、本件事業地の総面積約一四二ヘクタールのうち緑地の面積として本件事業認可申請書及び昭和五一年度事業計画変更認可申請書においては約四八ヘクタールを計画していたが、昭和五三年度及び同五八年度事業計画変更認可申請書においては約六三ヘクタールに増加しており、昭和五九年度事業計画変更認可申請書においては約六一ヘクタールと減少していること、周辺緑地には新開発地の周辺の既存の地域との環境の急激な変化を避けるというクッション的な役割とスプロールすなわち虫食い的な開発を防止するという機能があることが認められる。

2  原告らは、同人らが神戸市に提供する土地の範囲は、旧覚書通りであり、新覚書の新住区域線を提供地と残地との境にするとの記載は、神戸市から懇願されて形式上記載したもので、実際は原告らと神戸市との間で神戸市が掘った溝を境とする旨の合意がされていると主張し、原告中野照海は、原告らの右主張に沿う供述をしている。

原告らは、右主張の趣旨を明らかにするために新覚書第六条但書として「甲乙共その覚書の精神は尊重することとする。」という条項を加え、これにより、原告らが神戸市に提供する土地の範囲は旧覚書の通りであることを神戸市との間で明らかにしたと主張する。しかし、新覚書第六条本文で、新覚書締結と同時に旧覚書を破棄することを明文で規定しているから、「旧覚書の精神は尊重する」という文言では旧覚書締結に至る経緯や旧覚書の基本的な方向性等を新覚書の解釈においても利用するといった意味にしか解釈し得ないものである。旧覚書において神戸市に提供するものとされている土地の範囲も「神戸市須磨区多井畑字東山上一三番一、図上求積約三〇〇〇坪の部分」といった概略の記載であり、そのうえ「旧覚書の精神を尊重する」という抽象的な文言で提供地の範囲といった重要な事項を確認したものとは考えられない。

したがって、原告ら主張の合意の存在を認めることはできない。

3  原告らは、本件係争地につき、収用してまで周辺緑地として使用する必要性はないと主張するが、右1で認定したように、周辺緑地には新開発地周辺の既存の地域との環境の急激な変化を避けるというクッション的な役割とスプロールすなわち虫食い的な開発を防止するという機能があり、必ずしも防災緑地に比して必要性が低いとはいえず、現形平面図で本件係争地の場所、位置等をみるに、本件収用地上の道路及び右道路の西側法面に沿って原告ら所有地との間に周辺緑地を設けているものであるから、右周辺緑地の目的・機能にも合致するものであると認められる。

また、原告らは、周辺緑地とは区域周辺の傾斜地を緑地として整備保存するものであるから、本件係争地は傾斜地の上層部分であり右定義から外れていると主張する。しかし、右1で認定したように本件係争地を含む本件収用地は、東が高くなっていた山の斜面であったものを東側の土地を削り、本件係争地を平坦に造成し、本件係争地の東側の本件収用地上道路は、元の地形とは逆に本件係争地より低くなっているのである。このように、本件係争地は区域周辺の傾斜地であったものを造成したものに過ぎないから、本件係争地を周辺緑地としたとしても何ら違法ではない。

さらに、本件事業計画の各変更認可申請において、計画している緑地面積に変動はあるが、全体的にみれば、本件事業計画認可申請書で計画していた緑地面積約四八ヘクタールから昭和五九年度における本件事業計画変更認可申請における緑地面積六一ヘクタールへと増加しており、本件事業計画において緑地面積に変動があることをもって、緑地の必要性が低いということはできない。

4  以上により、原告らと神戸市との間で本件係争地を原告らが提供しない旨の合意がされていたと認めることはできず、一方、本件係争地は周辺緑地として必要な土地と認められるから、本件係争地につき収用の必要性がないとの原告らの主張は採用することができない。

四  争点1(四)について

1  乙第一号証の六、第一六号証によれば、本件収用裁決申請書添付図面には新住区域線が本件収用地の西側直線に沿って記載されているが、本件実測平面図には新住区域線が本件収用地の西側直線よりおよそ一〇メートルないし一四メートルほど西側に記載されていることが認められる。

2  右一3(一)で認定したように、本件事業地は事業地を表示する図面である本件実測平面図により特定されるのであり、収用裁決申請における起業地を表示する図面である本件収用裁決申請書添付図面の記載によって事業地の範囲が影響を受けるものではない。

原告らは、本件事業地の範囲が本件実測平面図によって定まるものとすれば、本件収用裁決申請書添付図面が事実と異なる記載をしたことにより、このような図面を添付した本件収用裁決申請は違法であると主張する。

右1で認定したように、本件実測平面図によれば、新住区域線が本件収用地よりさらに西側に位置し、本件収用地が本件事業地のより内側にあることになる。しかし、いずれの図面によっても本件収用地は本件事業地内にあり、本件収用裁決申請書添付図面が正確でなかったとしても、右に認定した程度の誤差をもって本件収用裁決を違法とするものではない。

3  以上により、本件収用裁決申請書添付図面の誤りにより本件収用裁決が違法であるとする原告らの主張は採用することができない。

五  争点1(五)について

1  本件事業地に「東山上一一番一」が含まれることは前記一で認定した通りであり、右土地が本件事業地に含まれていないことを前提とする原告らの主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。

2  また、本件事業地が本件実測平面図によって確定されることも前述した通りであり、他の記載によって本件事業地の範囲が変更されることはないから、原告らの主張は採用することができない。

六  争点1(六)について

1  甲第一号証ないし第四号証、第一〇号証の一ないし七、証人長井宏の証言、原告中野照海本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 昭和四四年一二月二六日に締結された旧覚書により、原告光雄は、同人所有の神戸市須磨区多井畑字東山上一三番一(昭和四五年二月一九日付で「東山上一一番一」に合筆)、図上求積約三〇〇〇坪の部分(以下「A地」という。)を第二期須磨団地事業用地として神戸市に売り渡し、その代償として神戸市は、A地の面積一〇パーセント相当分を同事業用地内の造成完了宅地(以下「B地」という。)をもって、さらにA地の面積一〇パーセント相当分を神戸市所有の須磨一団地住宅経営事業区域内青山バス停付近の土地(以下「C地」という。)を概ね一区画一〇〇坪の宅地に造成のうえ、これをもって、原告光雄にそれぞれ譲渡するものとした。

(二) 旧覚書が前提としていた事業が第二期須磨団地の住宅経営計画事業から新住事業である本件事業に変更され、事業用地内の土地であるB地を神戸市が提供することができなくなったこと、旧覚書によるA地の面積が約三〇〇〇坪という概略になっていたことからこれを確定するために旧覚書を破棄して新しい覚書を締結する必要があったこと、C地における「青山バス停付近」という記載の解釈をめぐり原告光雄と神戸市との間で紛争があったことなどから、昭和五五年、旧覚書を破棄し、新たに新覚書を締結した。

(三) 新覚書の内容は、原告らは、その所有に係る新覚書添付別紙1のA地として示された土地を、神戸市は、その所有に係る新覚書添付別紙1のB地をそれぞれ現状有姿のまま提供し、等価等積交換を原則とすることを約するというものであり、右等価等積交換というのは文字通り等しい価値の土地を等しい面積で交換するという趣旨であった。

(四) 神戸市は、新覚書に従い原告ら所有地と神戸市所有地との交換案を作成し、土地交換契約書記載の通り土地の交換が行われ、原告らは、合計六三六一・四二平方メートルの造成済みの土地を取得した。右交換案記載のGとVII及びIとIXの土地の交換は、神戸市が提供するVII及びIXの土地が緑地指定され、その解除が難しいということで成立しなかった。また、右交換案記載のHとVIIIの一部については隣接地との関係で面積が確定できなかった関係で交換が成立しなかった。

交換が成立しなかった右部分については、都市計画道路の多井畑線と三木線が交差するところの神戸市が所有する角地につき原告らが提供する土地を一、右角地を一・二という比率で交換して欲しいという申し入れが原告らから神戸市に対してなされたが、神戸市は、原告ら提供の土地と右角地との交換比率を一対三と主張したため、交換するに至らなかった。なお、神戸市が右土地を鑑定した結果、原告ら提供の土地と右角地の評価につき一対三・二という鑑定結果が得られていた。

(五) 原告らは、本件収用裁決申請における審理において本件収用裁決申請書の土地所有者の申立ての要旨欄記載の通り替地補償の要求をしたが、被告は、右替地による補償を認めなかった。

2  収用される土地の所有者が起業者の所有する特定の土地を指定して替地の要求が認められるためには、替地要求が相当であり、替地の譲渡が起業者の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないことが必要である。替地の要求が相当であるとは、被収用者側に金銭補償によったのでは代替地の取得が困難であり、かつ、代替地を現実に取得しなければ従前の生活・生計を保持し得ないと客観的に認められる特段の事情が存する場合をいう。

替地による補償の要否の判断は、収用委員会の合理的裁量に委ねられているのであるが、右の二つの要件を充足しているときには収用委員会は替地による補償の裁決をしなければならないと解すべきである。

被告は、替地による補償も土地収用法上、損失補償の一形態であり、損失補償に関する事由をもって裁決の取消原因たる瑕疵とはすることができないことから、替地による補償に関する事由をもって、本件収用裁決の瑕疵とする主張は主張自体失当であるというが、右に述べたように収用委員会は、一定の場合には替地による補償をする義務があることからすれば、替地による補償に関する事由により収用裁決の取消原因として主張することは許されると解すべきである。

本件において、原告らの替地による補償要求が右に述べた要件を満たすか否かにつき検討するに、まず替地の要求が相当であること、すなわち金銭補償によったのでは代替地の取得が困難であり、かつ、代替地を現実に取得しなければ従前の生活・生計を保持し得ないと客観的に認められるような特段の事情が認められる場合でなければならないところ、原告らは右特段の事情について具体的に主張しておらず、右特段の事情を推認させるに足る証拠もない。

さらに、右1で認定した原告らと神戸市との間の交渉経緯及び合意内容等に照らしてみても、被告が原告らの替地補償を認めなかったことにつき、被告が有している裁量権を逸脱し又は濫用したとは認められない。

3  以上により、原告らの替地補償の要求を認めなかったことにつき、被告に裁量権の逸脱ないし濫用があったとする原告らの主張は採用することができない。

七  争点一(七)について

1  甲第二〇号証の一及び二、甲第六一号証、検甲第二号証、第三号証、乙第二六号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

神戸市においては、昭和四五年ころから中央四区(灘区、中央区、兵庫区、長田区)の人口が減少してきており、同四六年ころから大都市中心部が過疎化していくことにより大都市中心部の古い市街地の衰退化現象を指すインナーシティ問題が発生してきたこと、同市においては昭和四五年当時、面積にして同市域の約二割に当たる六甲山以南の旧市街地に同市の人口の約八割が集中するといった状況にあったこと、昭和五〇年度第三回定例市会第二日において、神戸市長は、新住法が規定する造成宅地等の処分価格についての原価主義には疑問があり原価と時価の中間位が望ましいと考えているので国ともよく相談してみたいと発言したこと、さらに同定例市会において神戸市長が新住法の規定する二年以内の建築義務は個人に対して非常に過酷な結果になるので事実上の運用として緩和することを指示していると発言したこと、神戸市は、新住事業地の処分契約については、新住法の規定に従い三年以内(改正前は二年以内)の建築・入居義務及び一〇年間の買戻特約の付記登記をしていること、神戸市が本件係争地付近を平成四年三月ころまでは残土置場として利用していたこと、本件係争地は平成四年四月二七日には緑地となっていたことが認められる。

2  原告らは、神戸市は新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」には該当しないと主張する。

右1で認定した事実からすれば、神戸市においては、中心部の人口が昭和四五年以降減少してきており、昭和四六年ころからインナーシティ問題が発生してきたことが認められる。しかし、右インナーシティ問題の発生をもって神戸市が人口の集中が著しい市街地に該当することが否定されるわけではなく、同市においては、昭和四五年当時においても同市の一部の地域に人口が集中するといった状況にあったことからすれば、神戸市は人口の集中の著しい市街地に該当するというべきである。

したがって、神戸市が人口の集中の著しい市街地ではないとする原告らの主張は採用することはできず、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図るという新住法の目的からしても右のような状態にある神戸市において新住宅市街地開発事業を行うことは適法であると認められる。

3(一)  原告らは、神戸市長が新住法において造成宅地等の処分価格につき原価主義を採用していることに疑問があると発言していることから、神戸市は新住事業の公共性を軽視していると主張する。

しかし、右神戸市長の発言は、安価な住宅を供給するということの必要性を認識したうえで、特定の者だけが非常な利益を得るということを問題にし、そうした問題を国と相談してみたいと発言しただけである。

神戸市は、新住事業である本件事業の公共性を軽視しているわけではないから、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

(二)  さらに、原告らは、神戸市が新住法に規定している事業地を譲り受けた者に対する二年間の建築義務を事実上の運用として緩和することを容認していることをもって本件事業が公共性を軽視していると主張する。

右1で認定したように、神戸市は、本件事業において宅地を購入した者との間で、新住法の規定に従い三年以内(改正前は二年以内)の建築・入居義務及び一〇年間の買戻権を契約書に特記し、一〇年間の買戻特約の付記登記もしているということであるから、新住事業に規定する二年間の建築義務の遵守を当事者に要求している。

したがって、本件事業において二年間の建築義務を緩和し、軽視しているとは認められず、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

4  原告らは、本件係争地の一部は残土置場として使用されており、本件事業計画通りに事業が行われていない違法があると主張する。

右1で認定した事実からすれば、神戸市は、平成四年三月ころまでは本件係争地付近を残土置場として利用していたことが認められるが、平成四年四月ころには計画通り緑地として利用していたと認められる。

したがって、原告ら主張の違法は認められず、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

5(一)  原告らは、本件事業の中で、神戸市は、本件収用土地のうち「東山上一一番一」の土地について、保安林指定の解除手続をしないまま立木の伐採のみならず山の斜面を削るという森林法に違反する工事を行っていると主張する。

右一1で認定した通り、「東山上一一番一」の土地が保安林指定され、右指定を解除しないまま、神戸市が同土地の立木の伐採、斜面の造成等を行ったことは認めることができ、右事実からすれば神戸市の行った右工事は森林法三四条一項、二項に違反するというべきである。

(二)  そして、右のように自ら違法行為をした者が収用裁決の申請をすることは収用裁決申請権の濫用であると原告らは主張する。

右一3(二)で認定したように、神戸市が「東山上一一番一」の土地につき保安林指定の解除をしないまま立木の伐採、斜面の造成等を行った理由は本件事業認可時に本件実測平面図によって特定された事業地に「東山上一一番一」が含まれていることを確知することができなかったことによるものである。右理由により、神戸市が「東山上一一番一」の土地につき保安林指定を解除しないまま造成工事を行ったという違法があったとしても、同土地につき収用裁決を申請することが収用裁決申請権の濫用であるということはできない。

したがって、原告ら主張の違法をもって神戸市の本件収用裁決申請が収用裁決申請権を濫用したものとは認められないから、この点に関する原告らの主張も採用することはできない。

八  争点2(一)について

1  一般に行政処分には公定力が認められ、先行処分が取り消されない限り、これを適法として後行処分を行うほかないことになり、後行処分の違法事由は、後行処分の固有の瑕疵に限られることになる。ところが、一連の手続における先行処分と後行処分の間に、これらが相結合して達成しようとする行政目的を完成させる最終処分を争う場面において、公定力と不可争力が生じてしまっている先行処分の瑕疵を争い得ないとすると、先行行為の処分性を肯定して早期に争う機会を与えたことが、かえって国民の権利保護を弱めることになるから、このような場合には公定力論の修正原理として違法性の承継を認めるのが相当である。

2  この点に関し、土地収用法は、起業者が事業のために土地を収用しようとするときは、建設大臣又は都道府県知事による事業の認定を受けなければならず(同法一六条、一七条)、建設大臣又は都道府県知事は、起業者の申請に係る事業が法定の要件を満たす場合に事業の認定をすることができ(同法二〇条)、事業の認定がされた場合には、起業者は、事業認定の告示があった日から一年以内に限り、収用委員会に収用の裁決を申請することができ(同法三九条)、収用委員会は、申請却下の裁決をすべき一定の場合を除いて収用裁決をしなければならないと定めている(同法四七条、同条の二)。このように土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は、相互に結合して当該事業に必要な土地の収用という一つの法的効果の実現を目的とする一連の行政行為であると解することができる。

したがって、先行の事業認定に瑕疵があって違法であるときは、その違法性が承継され、後行の収用裁決も当然に違法となるのであり、収用裁決の取消訴訟において事業認定の違法性は審理判断の対象となると解すべきである。

3  以上により、違法性の承継を否定する被告の主張は採用することができない。

九  争点2(二)について

1  原告らは、本件実測平面図では現地で事業地の範囲を復元できないから、本件事業認可は事業地の特定が欠けることになり違法であると主張する。

2  しかし、右一2で認定した通り、本件実測平面図によっても事業地の範囲を現地に復元することができると認められるから、原告らの右主張は採用することができない。

一〇  争点2(三)について

1  原告らは、本件事業における事業地の範囲につき、本件実測平面図の記載と本件地目地積一覧表及び本件地籍図の記載が矛盾することから、本件事業認可において事業地の特定が不正確なことを理由に本件事業認可は違法であると主張する。

2  右一1で認定した事実からすれば、本件事業認可申請において添付された本件地目地積一覧表及び本件地籍図には「東山上一一番一」が含まれていないことが認められるが、事業地の範囲は本件実測平面図によって確定されるものであり、地目地積一覧表及び地籍図は正式な図書ではなく参考図書として添付されるに過ぎないものであるから、本件実測平面図の記載と本件地目地積一覧表及び本件地籍図の記載が矛盾したとしても、これにより事業地の範囲が不明確になることはなく、さらに事業認可の無効をもきたすものとは認められない。

3  したがって、この点に関する原告らの主張も採用することはできない。

一一  争点2(四)について

1  甲第二二号証の一によれば、本件事業は、住区数は一、面積は約一四二ヘクタール、人口を約一万二〇〇〇人と計画するものであることが認められる。

2  新住法三条三号によれば、「一ヘクタール当たり百人から三百人を基準として約一万人が居住することができる規模の」住区を一以上形成することができることを要求している。

本件事業の一ヘクタール当たりの計画人口は八四・五人であり、右新住法の規定する基準を下回るが、右規定が一住区当たり約1万人が居住することのできる規模であることを要求したのは、事業地が相当程度に大規模であることを要求したからであり、一方、一ヘクタール当たり百人から三百人が居住することを要求したのは、一ヘクタール当たりその程度の人口を居住させることが良好な居住環境を確保するためには望ましいと考えたからにほかならない。

そうすると、一ヘクタール当たりの人口につき、地形、地盤の性質から良好な居住環境を確保するために必要であると認められる以上、右基準を下回ったとしても新住法の規定の趣旨からして必ずしも違法とはいえないと解すべきである。

3  したがって、本件事業の一ヘクタール当たりの計画人口が新住法の規定を下回ることのみを理由に本件事業計画が違法であるとする原告らの主張は採用することができない。

第四結論

よって、原告らの被告に対する本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻忠雄 吉野孝義 影浦直人)

不動産目録(一)、(二)〈省略〉

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